【楽曲制作は反射神経!】紅蓮華の作曲家であり、シンガーソングライターでもある、草野華余子さんインタビュー

興行収入で遂に「千と千尋の神隠し」を抜いて、堂々の一位に輝いた映画
「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」(2021.1.31現在386億円)
その原点であるテレビアニメ「鬼滅の刃」のOPテーマ「紅蓮華」
発売は2019年4月22日、2年近く経った今でも、
ヒットチャートの上位にランクインしている。

歌うのはアニソン界の新女王LiSA

「紅蓮華」のクレジットには、こう書かれている。
3分56秒、作詞/LiSA、作曲/草野華余子、編曲/江口 亮

日本中を席捲した、大ヒット曲
今もなお、幅広い世代に愛され続ける名曲「紅蓮華」

今回は、作曲家として「紅蓮華」に参加した草野華余子さんに、インタビューをさせていただいた。

彼女は、作家としての活動以外にも、シンガーソングライターとしても活動をしている。

彼女にとっての音楽とは何なのか

作家としての草野華余子

アーティストとしての草野華余子

音楽との向き合い方

アーティストとして生きて行く覚悟

誰よりもファンを愛するアーティスト

目次

草野華余子(クサノカヨコ)interview

草野 華余子 : クサノカヨコ
“ただのオタクですが、勇気を出してロックやってます”
大阪府出身・東京都在住、シンガーソングライターときどき作詞作曲家。3歳の頃からピアノと声楽を始め、中学生の頃に出会ったJ-ROCKシーンのバンドサウンドに衝撃を受け、18歳の大学進学を機にバンド活動を始める。2007年頃から「カヨコ」として活動を開始、2019年に本名である「草野華余子」に改名。
包み込むように優しく人間味溢れる歌詞と、卓越した唯一無二のメロディセンスが持ち味。聴く人の背中を押すような、力強いライヴ力にも定評がある。 自身の活動に加え、そのメロディの力強さが認められ、数多くのアーティストやアニメ作品への楽曲を提供。2019年にリリースされたLiSA「紅蓮華」の作曲を手掛け、一躍注目を集めている。
2021年1月27日(水)に自身名義初フルアルバムとなる「Life is like a rolling stone」を発売
草野華余子official website

ありきたりですが、音楽との出会いをお聞かせいただいてもいいですか?

幼少期からウィーンの交響楽団が来日すると連れて行ってくれたり、家にオルガンとアップライトピアノやギターがあったり、クラッシック音楽がすごく身近にある家庭で育ちました。音楽をやる上ではラッキーな環境だったと思います。私はテレビの歌番組から流れてくる歌を聴いて一緒に歌っているような子供でした。メロディーの強いモノというか、日本の歌謡的な旋律に、2~3歳の頃から惹かれていたみたいで、親が、「この子、もしかしたら音楽が好きなのかな?」と5歳ぐらいから、声楽とピアノを習わせてくれました。それが、私の音楽との出会いですかね。

音楽を職業にしようと思ったきっかけや時期はいつ頃でした?

大学2年生の時かな、20歳の成人式の着物代をMTR(マルチトラックレコーダー)に変えてしまったんです。だから私、成人式の写真が残ってないんですよ。
今、考えると親不孝だなと思うんですけど(笑)、
着物代をMTRに変えたことが「音楽を職業にしよう」という私の人生の決意表明だったのかもしれませんね。

MTRを買ったことによって、5歳から15年以上続けていた曲作りをやっと形にできるようになったんです。それで作った8トラックの曲を、Limetone Audio(国産ハンドメイドエフェクターブランド)をやっている、大学の先輩の今西さんに聴いてもらったら、「華余ちゃんこれはすごい才能やから、色んな所に送りなさい」と言ってもらえて、色んな所に送るようになったんです。就活を辞めて、音楽の道に進もうと思いました。その時は、曲作りと並行して4人編成のバンドをやっていました。

卒業の時に就活を辞めて、どうしていたのですか?

実家を飛び出して、音楽しかやってなかったですね。両親はすごく心配していたと思います。家に帰らずに、悪いことばっかりしてましたね(笑)。高校までは厳しく育てられてきたので、友達の家に泊まっていいとか、お酒飲んでいいとか夜中のコンビニに行くだけで嬉しいみたいな(笑)。そういう楽しさを感じながら、23歳ぐらいまでは、バイトばっかりして遅れてきた青春を謳歌してましたね。

でも、その頃に大学の先輩や後輩に出会って、色んな音楽を教えてもらえたので、それが、今自分の音楽をやる上での、礎になっていますね。

その頃(20代前半)はプロになる自信はありました?

一番自信がなかった時期ですね。

これからのことを考えたり、曲の伝え方に悩んでいました。それでも音楽だけは作り続けていましたが、その頃は、堂々と人の目を見てライヴをやるというか、人の目を見て話す精神状態でもありませんでしたね。
でも、そういう時期だったからこそ書ける曲もあったので、今では、その頃に培った曲作りが私の引き出しの一つなっていると思います。経験したことだったり、自分が感じた心情を音にするという事がすごく、自分の音楽の作り方の根幹にあるなと思いますね。

そういう精神的にきつい時期でも、音楽は続けていたのですね

そうですね、逆に音楽を続けていたからこそ、ギリギリ立っていられた部分はあると思いますね。自分自身に生きてる意味を見出していたのだと思います。だから、音楽に助けられたというよりは、生命維持をする為に音楽をやっていた感じですね。これは、ほんとオーバーに言うことではなくて。昔から好きになる男性も音楽をしてる人だし、友達と仲良くなるきっかけも音楽の話だし、「あ、明日、大好きなアーティストのリリースの日だ!」っていうだけで、めちゃくちゃ元気になって、テンション上がりますし。なんていうんですかね、私の全ての第一歩が音楽というか、生きる原動力が音楽ですね。

精神的にもきつい時期があって、そこからはどうでした?プロになるターニングポイントの頃だと思うのですが

大阪でレコーディングでお世話になっていたエンジニアの方が、LiSAちゃんのディレクターさんと知り合いで、「大阪にいい曲書く子がいるよ」って、繋いでくれたのが大きなきっかけですね。
その前に、大阪城の野外音楽堂で集客目標2000人で、一人で貸し切ってライヴをやったのですが、1000人しか来なくて。それで、すごい借金抱えて、喉も、全く声が出ないまで潰しちゃって、心身共にかなり疲弊していた時にSony Musicのディレクターさんが、私に「アニメが好きで、音楽も分かっている子がいるんだけど、曲を書いてみない?」って、倒れかけている私に水をかけてくれて。その時に「助けてお医者さん!」っていうことで、本当に「助けてー」って気持ちでLiSAちゃんに「DOCTOR」って曲を書いたんです。私の曲を選んでいただいて、レコーディングに行ったのが、2012年ですかね。

出来上がった曲「DOCTOR」を聴いて、どうでした?

私も自分で、作詞作曲してアレンジもやっていましたけど、もう、「ケタが違うな」と思いました。やっぱり、しっかり作られているなと思いました。いい意味で、自分ではやらないようなアレンジで。アレンジは堀江晶太さんだったんですが、現場で「どうして、ここはリハとコードが変わっているんですか?」とか「何で、ここのリフレインはこうしたの?」とかいっぱい聞いたら、「うわっ、このおねーさん、めっちゃ俺に質問してくるな(汗)」って思ったらしくて(笑)。でも彼は、全部丁寧に私の質問に答えてくれたんですね。彼のアレンジには全部理由があって、しかも、私が納得できるものだったんです。それに私が感動して、「こんなに私以上にこの曲を理解して、愛してくれているんだ」と感動して「次もよろしくお願いします!!」って挨拶したのが私の中で、すごく、記憶に残っていますね。今でも、すごく仲がいいですし、私の楽曲でも、一緒にお仕事させていただいています。

すごく、苦しい時を乗り越えた先に、いい出会いがあったんですね

そうですね、私にとって、すごく、大きく変わる現場でしたね。
その時は、まだ、大阪に住んでいたのですが、「DOCTOR」の後に、色んなコンペのお話をいただいて、有難いことにほぼ出す曲がコンペに通っていて。半年ぐらい経った時に、Sony Musicのディレクターさんが、「東京に出てきて、事務所に入らない?」って言ってくださって、上京してきたのが7年前の、2014年ですね。

「紅蓮華」は、素人の私が聞いても、すごく曲の構成が複雑というか、日本人あのような構成の曲を作る人ってあんまりいない気がするんですが 

そのお話でいくと、そもそもBメロで始めたいって言ったのは、LiSAちゃんで、その意見を取り入れました。私は2番のBメロとかを1番と同じにしないっていう風に、絶対にパターンを崩していくんです。クラッシックの組曲じゃないですけど、一回聴いて一筋縄ではいけないけど、サビ聴いた時に絶対覚えられるみたいな作り方が好きで、特にここ10年でめちゃくちゃK-POPを聴いてそこから影響を受けている部分もあると思います。

あの曲を歌うのはすごく難易度が高いと思うので、草野さんとLiSAさんとの信頼関係ができているんだなと思います

私とLiSAちゃんは音域が一緒なんですよ。
下は、私の方が深いけど、上はLiSAちゃんの方が高いんです。
パワーマックスで出せる、気持ちよく歌える音域が近くて、自分が気持ちよく歌えば、彼女も気持ち良く歌ってくれるから、そのまま変えないで曲を出していますね。特に私も考えて作ったことないですし、この範囲でお願いしますっていう書類を一回も見たことないです(笑)。彼女が歌えるのを私が知ってるから。

彼女がよく、インタビューで、「華余子さんが書いた曲は歌いやすい」って言ってくれているのですが、高くないんですよ。高い隙間に低いところを通るんです、なので、高いところを連発しているアニソンとはちょっと違うんです。歌いながら作るからファルセットの前に休む為の、下に潜るとこが自然に出てくるんです。

奥深いんですね、あの曲は・・・

あの16分と2拍3連のニュアンスを汲み取って歌える人は少ないと思います。
ビートの方が難しいですね。SNSで色んな人がよく歌って下さっているので、観たりするんですけど、歌いこなすにはビートの把握が命です。

「紅蓮華」という大ヒット作を作られて、それに対してのプレッシャーを感じる時はあります?

あははは!
ごめんなさい、1ミリもないです。

大ヒットに恵まれて、パーンって売れたことと、私が一生懸命作品に対して作曲をするということは、全く別次元の話で、ほんと奇跡が起こっただけだと思ってます。でも、奇跡が起こる準備はどんな曲を書く時だって毎回しているので、特にプレッシャーを感じることは一切無いですね。目先の売り上げを気にするよりも「自分がかっこいいと思うものを作るしかない!」と思ってます。

すごいですね1ミリもプレッシャーに感じてないって

プレッシャーを感じても、書ける曲は同じですよ。
何を考えてても、書ける曲は一緒です。
スランプとかもないですね。

スランプがないんですか?

ないです。
インスピレーションさえ湧けばですけどね。
正しい量のインプットが足りていて、「この人はこういう人生を歩んできたから、こういう楽曲にしてほしいと思っているだろう」とかの前情報があれば。書かせていただくアーティストの方のフィーリングとかがバチっと合ったら、一筆書きで曲を書きます。ギターを持って、がーっとひいて、ボイスメモに入れて、トラックを送ってきてもらったらトラックを再生して、パッと鼻歌で歌ったものを自分しかわからない楽譜に書き出して、それをちょっと清書して、次にもう歌入れをします。

以前インタビューで、「自分自身としては、作家としても、シンガーソングライターとしても、両方100%でやっているつもりです」とおっしゃっていましたが

なんて言ったらいいんだろう・・・。自分で書いた曲全部を私が歌うより、合う人がいればその人の元に嫁がせてあげたいと思っています。昔もっていた何が何でも自分で歌うんだという拘りとか、執着というのはいい意味でなくなったんですけど、どうやって世の中に出ていくのかっていうのはすごく気になるので、「レコーディングはどうでしたか?」「TDはどうでしたか?」「ラフミックス送ってください!」とは聞いてしまいます(笑)。
有難いことに仕事は今、増えましたけど、ひとつひとつの仕事への熱量というのは、「DOCTOR」の時と変わらないです。


コロナの影響でライヴが延期になってしまいましたね
そんな中1月27日(水)リリースのフルアルバム「Life is like a rolling stone」を制作に至った経緯を教えてください。

「Life is  like a rolling stone」は「カヨコ」から「草野華余子」に改名して、初のフルアルバムです。

アルバムコンセプトは”純J-POP”。メロディラインは、わたしが愛してやまない歌謡曲らしいものを基調にしつつ、バックトラックとサウンドは広がりのある洋楽ライクなものを上手く融合させようという指標を持って作業にあたりました。

わたしにとって、自分のCDを作ること自体が自分自身へのご褒美みたいなもので。今回は、これまでの楽曲提供の経験を活かして、草野華余子というアーティストを俯瞰的に捉えて、作家のわたしがプロデュースする、という気持ちで曲を書きました。

とにかく曲が良いこと、嘘がないこと。これを一番の信念として作ったアルバムです。

シンガーソングライター草野華余子としても100であれば、今後、どんどんステップアップしていきたいと思ったりします?

もうずっと深く応援してくれてるファンの方がいて下さるので、いい意味でハングリーな思いはないですね。でも、ファンの方が、「大きいステージで観たい!」「もっと、有名になって欲しい!」と思ってくれてるのであれば、一緒に頑張りたいんですけど、ファンのみんなとの距離が遠くなりすぎた時に、説得力がなくなるんだったら・・・と思うこともあります。
今の目標はなんばHatchですね。自分の地元だし。すごくフラットに、自分の生まれた楽曲とか、活動のペースに合わせて、必要なキャパシティにたどり着けたらいいなって思います。

なんか、全然背負ってないというか、すごく、楽しんで音楽やってる感が半端ないですね

あははは、そうですね!
でも、それは、作家をやらせていただいてるおかげというのはあると思います。
作家のお仕事で学んだことを自分の音楽にフィードバックできているというのはありますね。
結構、どっちも自然体です。

作家の私を活かしているのは、シンガーソングライターの私で、シンガーソングライターの礎を担当してくれているのは作家の私って感じです。だから、どっちもないとダメだし、どっちかをどっちかの逃げ道にするんじゃなくて、どっちか無くなったら、どっちも死ぬ(笑)。まあ、結果、ひとつなんですけどね。

じゃあ、この先、どっちかを辞めるということはないということですね

作家として必要とされなくなったら、続けるかどうかは自分で決められないのでなんとも言えませんが、シンガーソングライターとしては、ファンの方に、ひとつだけ約束として、死ぬまで歌い続けるから安心してって言ってます。
どこにも居場所がなくて、ここだけを居場所にしてると言ってくれるファンの方が少なからずいてくれて、ライヴの最後のあたりにやる「僕ら死ぬまで旅の途中」という一緒に歌う曲があるんですけど、もう、8割ぐらいの人が泣いてるんです。その光景を見ながら私もずっと泣いて歌っているという。この人たちの為に、私は音楽やっていたんだって、毎回思うんですよ。だから、その時間を一秒でも長くする為にも、実際に生活の基盤になっているのは作家の私だから、作家の仕事も死ぬ気で、周りの強いライバルたちに負けないような曲を書いていかなきゃと思っています。シンガーソングライターはライフワークで、私の生きる活力の場ですけど、世の中の人に自分の曲をこれだけ聴いていただけている状況になっているというのは、作家の自分のおかげだったりするので、それぞれにオンリーワンの理由があります。

interviewを終えて

草野さんとお話をしていて、印象に残ったのは、こんなに音楽が好きで、音楽をリスペクトしていて、誰よりも音楽を楽しんでいるところです。すごくいい意味で、私の質問をことごとく裏切ったアンサーを答えてくれたので、2時間近い取材でも、ほんの15分ぐらいな感覚でした。
彼女は「紅蓮華は奇跡」だと言っていましたが、30年近く、音楽と真摯に向き合ってきたからこその結果かなと思います。

今年の1月27日に待望のフルアルバムを出した、草野さん。一体どんな曲を私たちに聴かせてくれるのか楽しみでしたが、草野さんらしいメロディーライン、念密に計算しつくされたような(きっと、ご本人は感覚で作られてると思います)曲の構成は流石の一言です。また、今回は草野さんんが心から信頼する盟友アーティストの方々大集結、演奏、アレンジなどに参加。草野さんの新たな一面も見れるアルバムになっています。「紅蓮華」で草野さんのファンになった方も、昔からの草野さんのファンの方が聴いても、全く裏切らない、本当にクオリティーの高いアルバムになっています。まだ、聴いてない方は、是非、聴いてみてください。
私は、シングルとして先行発売していた「最後のページは開かずに」が、心にグサっときます。草野さんらしいバラード曲(私はバラードだと思っています)です。

このご時世なので、色々大変だと思いますが、彼女は、是非、生でライヴを観てみたいアーティストの一人です。
個人的にはバンド構成で観てみたい。

草野華余子 最新情報

2021/1/27 | 12tracks
WAGE-13003 | 3,300円(TAX IN)

01. それでも、まだ
02. Trigger
03. Life is like a rolling stone
04. A.I.N
05. Wi-Fi feat.宮地 慧(memento森) & eba(cadode)
06. 最後のページは開かずに
07. おわりものがたり
08. Higher-Ape
09. カランコエ・モノディ feat.ヒグチアイ
10. ドミノ倒し feat.koshi(cadode)
11. Stray Dog Tag
12. マーメイド・ララバイ

発売元:CAT entertainment / 販売元:Sony Music Solutions Inc.

草野華余子 Link

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